あすかの人生劇場(ASD漫画ブログ)

アスペルガーのマンガ&エッセイです

抑鬱状態の時はどんな言葉も届かない


SPONSORED LINK

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アスペルガー症候群へ
落ち込んでいる時はどんな言葉も届かない。
と、思っています。
 
私はそうでした。
 
お医者さんやカウンセラーなどのプロの言葉ならば、あるいは。



私が一番辛かった時期、ネットはまだ一般的ではありませんでした。パソコンを持っている人はまだ少なかったです。
 
ブログという言葉はまだなく、日記サイトと呼ばれていました。2ちゃんねるはできたばかりでした。発達障害はまだ知られていませんでした。
 
精神を病んでいる人はネット上にたくさんいましたが、ほとんどは鬱や統合失調症(当時は分裂病)でした。みなさん優しい言葉で慰め合っていました。
 
私は生きにくさを感じ、おそらく多少の抑鬱状態にあったものの、その方達とはなんだか違うと感じていました。ど直球の私にとって、誰も失言せず気遣いあふれる優しい鬱用の空間は、居心地の悪い場所でした。

どんな優しい言葉も、前向きな言葉も、そのままでいいんだよという言葉も、私に染み入ることはありませんでした。



時が経って社会に出て、抑鬱状態や発達障害で凝り固まっている人たちに出会いました。客観的に見て、彼らにも他人の言葉は届かないと感じました。殻が固い。

届けようとすればするほど届きません。私も身に覚えがありました。私個人へ向けられた親身な言葉ほど、圧が強ければ強いほど、殻を閉じて拒絶していました。



しかし、辛い状態は長くは続きません。状態には波があって、ずっと底辺にいるわけではなく、揺らぐものです。

ちょっと浮上した時、私は言葉を探し求めました。ネットで検索して、本を読んで、吸収しました。もしかしたら、私が底辺にいた時に拒絶した言葉だったのかもしれませんが、浮上している時は自分から近づいていくことができました。



一人で落ち込んでいる時は、どうにかそこでふんばっていて欲しい。頑張らなくていいから、とにかくふんばって。

そうしてちょっと浮上した時に周りに目を向けることができれば、役に立つ情報が周りにあふれています。導いてくれる言葉がきっとあります。共感してくれる人がいます。ネットは便利だなあ。

 そうして、今度は自分が助けてあげる側になるんです。



昨日ちょっと落ち込んでしまう出来事がありました。

そうしたら、「冷静な私」の制止を振り切って、「感情的な私」が底辺に向かって暴走し始めました。その時に思い出しました。そういえばこういう時ってどんな言葉も届かなくなるんだよなー、と。

でも、自分の言葉すら届かなくなるなんておかしくない?
私結構自分のコントロールの仕方勉強したんだけど?
と自覚したら、「感情的な私」の暴走が止まりました。自覚、大事。