あすかの人生劇場(ASD漫画ブログ)

アスペルガーのマンガ&エッセイです

ASDの純粋さからくる潔癖症(他者批判)をゆるめよう


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アスペルガーは他者に対して潔癖症になってしまうことがあります。
ここで言う潔癖症とは、不潔が怖いという意味ではなく、悪いヤツが許せないという意味です。

 

純粋だから悪が許せない

心が純粋で、正義感が強くて、真面目で頑固なアスペルガー。

別に自分が被害に遭ったわけじゃなくても、「悪口を言う人」「ずるい人」「不真面目な人」「甘える人」「感情的すぎる人」などに対して嫌悪感を覚えることがあります。

私は今は丸くなったので嫌悪感はないのですが、若い頃はありました。

そして、認めたくはないけれど、相手を蔑み見下してしまっている自分がいました。これ、よくないね。

水清ければ魚棲まず」ということわざがあります。清廉潔白すぎると周りから人がいなくなるという意味です。

アスペルガーは子供の頃の教えを大人になっても守り続けます。
「清く・正しく・美しく」と視野狭窄のまま大きくなると、悪意に対して過敏に反応してしまいます。

ぶつかるか、避けるか

嫌悪感を覚える相手に遭遇してしまった場合どうするか。

私の場合、性善説に則り相手に純心全開でぶつかり、相手が浄化してくれることを期待するのですが、願い叶わず玉砕してしまっていました。

それを繰り返して傷つき、どうやら近づかないほうがいいらしいと気付き、距離を置いて避けるようになりました。

自分を認めて欲しかったら相手のことも認める

距離を置けばトラブルはなくなります。
けれど、それだけでは相手を蔑んでいる気持ちが残ったままです。自分だけが孤高の存在だと勘違いしてしまいます。それでは進歩がないし、完璧主義である自分の首をさらに絞めて孤立することになってしまいます。

人間は完璧ではありません。他人は絶対に自分の理想通りではありません

不真面目な人も、甘えている人も、感情的な人もいて当たり前。
その人のそのままを受けとめるだけでいいのです。

そして、自分も完璧じゃなくていい。

完璧でない相手を認めることは、完璧でない自分を認めることに繋がります。お互いが楽になれます。社会とは本来こういうものです。

気に入らないコミュニティの存在も認める

「悪口を言うだけのコミュニティ」や「ただウェーイと盛り上がるだけのコミュニティ」「仕事の実績よりもごますりや根回しが評価されるコミュニティ」も確固として存在します。

気に入らなくても存在するものは仕方ありません。そういうコミュニティの数も決して少なくありません。そのコミュニティの中で生きていかざるを得ない人もいます。

人間の欲求の中に「所属欲求」というものがあります。集団に属したい、他者と関わりたいという基本的な欲求です。これが満たされると次の承認・自尊の欲求に進めます。

(私は一人のほうが楽だけど、本当に独りぼっちになってしまうのは怖いです)

どんなコミュニティにも存在する意味があります。自分と合わないなら、蔑むことなく距離を置けばいいだけです。

(本当は避けないでほどほどに付き合って、会話の内容を悪口から趣味の話に話題転換するよう仕向けるなどできれば良いのですが、ちょっと難易度高いですよね…)



自分を認めて欲しいと願うよりも、まずは自分がどんな他者も認めてあげる。

自分が他者から認めてもらったら、自分も他の人を認めてあげる。

そうすると、生きるのが楽になります。